大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和57年(オ)658号 判決

上告人

日本ウーマン・パワー株式会社

右代表者

鈴木千恵子

右訴訟代理人

梶原和夫

被上告人

マンパワー・ジャパン株式会社

右代表者

アンソニー・フィナティー

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

一上告代理人梶原和夫の上告理由第二点二について

ある営業表示が不正競争防止法一条一項二号にいう他人の営業表示と類似のものか否かを判断するに当たつては、取引の実情のもとにおいて、取引者、需要者が、両者の外観、呼称、又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのを相当とする。

ところで、原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  被上告人は、事務処理請負業の創始者であつて当該業務分野において世界最大の企業であるアメリカ合衆国ミルウォーキー市所在のマンパワー・インコーポレイテッドの子会社として、昭和四一年一一月三〇日設立登記された株式会社であり、昭和四六年一〇月一五日、本店を設立当初の東京都中央区銀座一丁目一三番一一三号から肩書地に移転した。被上告人は右設立以来、その商号である「マンパワー・ジャパン株式会社」及びその通称である「マンパワー」という名称を用いて事務処理請負業を営んでいる。右にいう事務処理の請負とは、顧客の需要に応じて通訳、翻訳者、英文・和文タイピスト、ステノセクレタリー、テレックスキーパンチャー、事務機オペレーター、電話交換手、経理事務職等各種の専門技能者を顧客の事務所又はその指定する場所に出向配置して依頼された事務を処理したり、あるいは被上告人の事務所に持ち込まれた翻訳等の事務を完成することをいう。

2  上告人は、昭和五一年四月一五日設立登記された株式会社であり、同月三〇日、本店を設立当初の東京都港区新橋二丁目一六番一号ニュー新橋ビルから肩書地に移転し、同年八月二日、目的を英文・和文タイピング、国際・国内テレックスオペレーション、英文・和文速記、キーパンチ、事務機オペレーション等の請負に関する業務等と変更し、その商号である「日本ウーマン・パワー株式会社」の名称を用いて被上告人と同じ事務処理請負業を営んでいる。

3  被上告人の商号及びその通称である「マンパワー」という名称は、遅くとも上告人が設立された昭和五一年四月頃には既に本店のある東京都をはじめとし、札幌市、横浜市、名古屋市、大阪市、神戸市、福岡市など被上告人の支店のある地域及びその近傍地域において被上告人の営業活動たることを示す表示として広く認識されていた。

4  被上告人は、被上告人と上告人とを同一営業主体であると間違えた上告人の顧客から電話を受けたことがあるほか、被上告人の顧客から「新しく女子部ができたのか」とか「上告人は被上告人の子会社か」等の質問や問合わせを受けたことがある。

右事実関係によれば、被上告人の商号の要部は周知のものとなつていたその通称の「マンパワー」という部分であるのに対し、上告人の商号の要部は「ウーマン・パワー」という部分であるというべきところ、両者は、「マン」と「ウーマン」の部分で相違しているが、現在の日本における英語の普及度からすれば、「マン」という英語は人をも意味し、「ウーマン」を包摂する語として知られており、また、「パワー」という英語は、物理的な力のほか人の能力、知力を意味する語として知られているといつて差し支えないこと、被上告人と上告人とはいずれも本店を東京都内に置いて前記事務処理請負業を営んでおり、右各事業は人の能力、知力を活用するものであつて、両者の需要者層も共通していることを考慮すると、両者の需要者層においては、右「マンパワー」と「ウーマン・パワー」は、いずれも人の能力、知力を連想させ、観念において類似のものとして受け取られるおそれがあるものというべきであるうえ、被上告人の商号の「ジャパン」の部分及び上告人の商号の「日本」の部分はいずれも観念において同一であるから、前記需要者層においては、被上告人の商号及びその通称である「マンパワー」という名称と上告人の商号とは全体として類似しているものと受け取られるおそれがあるものということができる。以上によれば、被上告人の商号及びその通称である「マンパワー」という名称と上告人の商号とが類似しているとした原審の認定判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

二同第一点一について

不正競争防止法一条一項二号にいう「混同ヲ生ゼシムル行為」は、他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が同人と右他人とを同一営業主体として誤信させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係が存するものと誤信させる行為をも包含するものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、前記事実関係によれば、上告人は、被上告人の周知の営業表示と類似のものを使用して、上告人と被上告人とを同一営業主体として誤信させる行為ないし両者間に緊密な営業上の関係が存するものと誤信させる行為をしたものであつて、結局、上告人は、被上告人の営業活動と混同を生ぜしむる行為をしたものということができ、これと同旨の原審の認定判断は正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

三その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(大橋進 木下忠良 鹽野宜慶 宮﨑梧一 牧圭次)

上告代理人梶原和夫の上告理由

第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の解釈の誤りがあり破棄さるべきである。

一 原判決は第一審判決を引用することにより(第一審判決二三枚目表五行目以下)、上告人が現在の商号(日本ウーマン・パワー株式会社)を使用することにより、被上告人の営業上の活動と混同(不正競争防止法第一条一項二号)を生ぜしめているとしている。

しかし、商品の製造、販売を営業内容とする企業に関する場合は、その商号の類似によつて、商品そのものについて誤解に基づいて混同を生ずることがあり得るが、本件当事者の営業内容は、事務処理請負業(労働者供給事業)であり、労働者の供給を受ける企業との間でも、また就労を希望する労働者との間においても、それぞれの契約を締結する時は、各々その商号の全体を明確に表示するのであるから、混同など生じえないのである。

二 また、不正競争防止法第一条により、差止めを請求し得るのは、請求者の営業上の利益を害せらるる虞のある場合であり、商号が類似すると認められる場合は、特別の事情のない限り営業上の利益を害せらるる虞があると認められるとした判例(最高裁判所昭和五六年一〇月一三日、民集三五巻七号一一二九号)がある。

しかし、本件の場合には、被上告人が上告人に対して提起した競業禁止仮処分申請事件において、その申請の理由(乙第五号証、申請の理由七)中で、競業禁止の特約のほか不法行為を原因として損害賠償を請求する本案訴訟を準備中であると主張し、審尋が重ねられた結果、営業の差止のみならず、損害賠償の請求をもしないとの和解をしているのであるから、本件における被上告人は、仮に商号が類似で、混同を生ぜしめているとしても、営業上の利益を害せられるる虞があるとの要件の主張を、自から放棄したものであり、この点を看過した原審判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の解釈の誤りがあり破棄さるべきものである。

第二点 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる事実認定の経験則違反があり破棄さるべきである。

一 原判決には、第一審判決を引用することにより(第一審判決一九枚目表一行目乃至一〇行目)、「日本マンパワー株式会社」「株式会社マンパワーセンター」なる会社が存在しても、「マンパワー」という名称には周知性があつたと解するのが相当である(第一審判決一八枚目裏七行目以下)としているが、これらの商号を用いる会社が存在していた時(日本マンパワー株式会社は現在も営業している)に、「マンパワー」という一般的、抽象的用語に、労働者供給事業が禁止されていないアメリカにおいてならいざ知らず、職業安定法第四四条で労働者供給事業が禁止されている日本において、被上告会社の営業活動を示す表示として周知性を有していたとする判断は、経験則に反するものである。

二 また、原判決は、第一審判決を引用することにより(第一審判決一九枚目表一一、行目以下)、「マンパワー」と「ウーマンパワー」とを類似するものと認めているが、上告会社が「日本ウーマン・パワー株式会社」なる商号をもつて営業を開始した昭和五一年頃、普通の日本人で「マンパワー」と「ウーマンパワー」とを類似のものと考える人はあり得ず、原判決の右事実認定は経験則に反するものである。

以上の経験則違反の事実認定は、判決に影響を及ぼすこと明らかなものであり、原判決は破棄さるべきである。

第三点 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる判断の理由不備があり破棄さるべきである。

一 原判決は、第一審判決を引用することにより(第一審判決二四枚目以下、一部訂正を加えている)、上告人の、本件は仮処分申請事件についての和解により被上告人がその請求を放棄して終つているとの仮定抗弁を排斥している。

しかし、和解により紛争のどの程度までが解決されたかということは、民法第六九五条、同第六九六条の趣旨よりしても、和解条項の文言のみならず、申請書に予定されている本案として主張されているもの、審尋の過程で主張し争われた事項についても考慮して判断さるべきことであり、上告人は第一審でここまで主張し、仮処分申請事件の申請書(乙第五号証)準備書面(乙第六乃至一〇号証)等を乙号証として提出しているのであるから、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな判断の理由不備があり、破棄さるべきである。

第四点 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる事実認定の理由不備があり破棄さるべきである。

一 原判決は、原審における、上告人の追加的主張(被上告人の本訴請求は権利の濫用である)中の職業安定法違反の点について、これを認めるに足る証拠はないとしているが、被上告人の主張自体から、その営業内容が、職業安定法第四四条が禁止している労働者供給事業であることは、同法第五条第六項の「労働者供給」の定義からも明らかである。

原判決の右判断は、判決に影響を及ぼすこと明らかなる事実認定の理由不備というべきであり、原判決はこの点からも破棄さるべきものである。

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